667年、中大兄皇子は都を飛鳥から近江へと遷しました。額田王が北へ向かう道中、慣れ親しんだ美しい三輪山を見納めになるであろうと振り返っては眺めたのでしょう。しかし三輪山には白雲がたれこめていて、その姿が見ることが出来ず、「雲よ、なぜ三輪山をかくすのか。青く美しい山の姿を見せておくれ」と詠みました。遠ざかるにつれ見えなくなる山を惜しむ心がしみじみと伝わってきます。
この歌に代表されるように、三輪山は聖なる山として古代から人々に愛されてきました。天平庵も多くの人に愛され、親しみを持っていただけるようにとの願いを込め、この歌を代表歌としました。
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